
楯縫三十三観音霊場
第一番
神宮寺 観音堂
~観音さまと結ぶ、静かなご縁~
幾百年の時の移ろいを経て、今もなお、私たちの心の拠り所である神宮寺観音堂。
永きにわたりこの地を静かに照らし、人々を見守り続けてきた観音さまに、どうぞお参りください。
【御開帳終了の御礼】
三十三年に一度の御開帳は、無事に終了いたしました。
期間中は、千人を超える皆様に神宮寺御本尊・十一面観音立像へご参拝いただき、誠にありがとうございました。
次回の御開帳は、三十三年後となります。なお、記念御朱印は、御開帳終了後も引き続きお受けいただけます。
詳しくは、「記念御朱印」のページをご覧ください。

楯縫郡平田 神宮寺 由緒
応永元年(一三九四)勧請の熊野権現社(現・宇美神社)に附属して、祭祀の一端を担う「神宮寺」として成立した寺院であるが、元々の開基は不明。また「天台宗瑞雲山」として、鰐淵寺の末寺でもあった。
江戸時代に入り、出雲大社から始まった神仏分離の影響により、当寺も一旦衰微するものの、元禄十二年(一六九九)に本堂が建立(雲陽誌)され復興。寛政四年(一七九二)編纂の「楯縫郡村々萬差出帳」には「天台宗神宮寺」として本堂、観音堂、稲荷社の記載がある。その後、文化二年(一八〇五)の火災で熊野神社と共に神宮寺本堂も類焼したものと思われ、同八年に観音堂、同十年に稲荷社(荼枳尼天)が再建され、現状に至っている。(いずれも当時の棟札が残っている)
明治初めの「神仏分離令」により、廃寺となるが、近隣の住民が払い下げを受け、現在は宮之町が管理するところとなった。
本尊は「十一面観音」と「雲陽誌」に記載されており、三十三年に一回、開帳される秘仏となっている。ただし、「楯縫郡村々萬差出帳」には本尊は不動明王(現神宮寺内に安置)とある。
楯縫三十三観音霊場(楯縫札)の第一番
「雲陽誌」 松江藩の命によって編纂された出雲国の地誌。一七一七年完成。
(令和八年八月記)
楯縫三十三観音霊場 第一番
神宮寺 観音堂
島根県出雲市平田町
宇美神社東隣
管理:宮之町
お問い合わせ:
0853-62-2006(大谷)
090-2000-9433(吾郷)
